【番外編】~アノ時の添乗員さんに感謝を伝えたい~ 学生の頃の修学旅行を振り返ってみた

【番外編】~アノ時の添乗員さんに感謝を伝えたい!~
学生の頃の修学旅行を振り返ってみた。

今回は、「みのり通信」番外編として、勝手ながら自分の学生の頃の修学旅行を振り返ってみました!
そのため特に有益な情報は一切ございません・・・(笑)
お仕事の休憩時間などにご一読いただけますと幸いでございます。

【修学旅行の行き先】
・小学生時代:広島/大久野島 🐇
・中学生時代:長崎(壱岐島)🚢
・高校生時代:北海道 (富良野/小樽/札幌)🐟

1.小学生時代:広島(大久野島→広島市内)

<大久野島>↓オレンジの服が私です ^^

名称未設定のデザイン (1)
まず島に到着した瞬間、大量のうさぎに囲まれたのを覚えています。特に・・・
毒ガス資料館:中の景色は、大人になった今でも具体的に思い出せるほど当時の私にとっては印象的でした。
海ホタル鑑賞:島をガイドしてくださった方が、海ホタルを水面に強く叩きつけると綺麗な青色に光ったのがとても幻想的でした。
<広島市内>
原爆ドーム:資料館での映像をいまでも鮮明に覚えています。
原爆の子の像を目の当たりにした時に、心臓が締め付けられるような感覚になったのを今でも覚えています。

2.中学生時代:長崎(壱岐島)

東日本大震災が起きた年だったため、東京ディズニーランドに行く予定が、長崎の壱岐に変更となりました。
当時は「壱岐ってどこやねん!ディズニーランドいきたかった!」と思っていましたが、行ってみると最高に楽しい場所でした。
<壱岐>博多駅からフェリーで向かうこと、体感数十分くらい・・・?(と思ってましたが調べたら約2時間半かかりました。笑)
名称未設定のデザイン
マリンスポーツ(カヤック体験↑左が私/シュノーケリングで魚鑑賞)後日シュノーケルをつけた私の顔が不細工だったという理由で彼氏に振られました。(笑)
班ごとにFW活動(スタンプラリー的な):知らない地を自分たちの力だけで巡ってゴールを目指すのは、冒険のような感じでとてもワクワクしました。
民泊:他のクラスとごはんや泊まるところが違ったので、後日ほかのクラスの子とどんな宿泊をしたかの話で盛り上がりました。
私の民泊先の夜ご飯は、本物の船か?くらい大きな船盛がでてきて、海鮮好きの私は大喜びでした。

夜は肝試しをしたり、夜中4時まで起きてるのがばれて担任の先生に胸倉つかまれながら怒られたり・・・
今でも地元の子と修学旅行の話で盛り上がります。

3.高校生時代:北海道

<富良野/小樽>ガラス細工などの伝統工芸品を見たり、海鮮丼を食べたりしました。
<札幌>班別の自由行動だったため、テレビ塔にも行ったりしましたが、最終的にはゲームセンターでプリクラとったりしていました(笑)

宿泊先は、「シャトレーゼガトーキングダムサッポロ」。 めちゃくちゃ綺麗なホテルでした・・・!
名称未設定のデザイン (2)
↑ホテルの広間でももいろクローバーZを踊りました(笑)※赤色
ごはんのたびにケーキやフルーツが取り放題だったのを覚えています。

しかし、私は生まれつき重度の食物アレルギーをもっていたため、実は修学旅行のなどのイベントは楽しみ2割、不安8割でした・・・
旅先でアレルギーがでたらどうしよう、友達や先生に迷惑をかけてしまうなあ、などばかり考えていました。
高校生時代の北海道のホテルでは、ご飯のたびに知らない大人がいつもそばにいてくれて、特別メニューの段取りをしてくださいました。

今思えば、アノ人は旅行会社の添乗員さんだったんだなあと、この仕事をしてから気づきました。
お名前もわかりませんが、この場をお借りして心から感謝したいです・・・!

★事前にメニュー表(原材料表)をもらえるのが本当にありがたかったのを覚えています。
今では、このようなものも生まれているとか・・・↓CAN EATのアレルギー表作成代行サービス/修学旅行生の受け入れ体制を強化|BIGLOBEニュース生徒さんが安心安全に楽しめるよう、受け入れ側も簡単にこのようなものを活用できるのはいいですね♪

このように振り返ると、今年の4月に転職をし、受け入れ施設側として一生の思い出に携われていることを嬉しく思うと共に、一生の思い出と学びになる機会提供をされているエージェントの皆様のお仕事は本当に素敵なものだなあ、と改めて感じます。

生徒たちの一生ものの思い出づくりの一助となれるよう、今後とも協業させていただけますと幸いでございます。
 
私のただの思い出話を最後まで読んでくださり、誠にありがとうございました・・・!
引き続きよろしくお願いいたします。

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